内観
2011.07.23
先日、内観研修を受けてきました。
内観とは、吉本伊信氏が仏教の身調べという行を基に考案した自らのあり方を見つめる方法で、両親をはじめとして他の方からしていただいたこと、自分がしてさしあげたこと、ご迷惑をおかけしたことの3点について集中的に振り返っていくものです。仏教を基にしているとはいえ、現在の内観には全く宗教色はなく、日本発の心理療法あるいは自己研鑽の方法として世界的に知られており、多くの学術研究もあります。中国上海市では保険も適用されており、日本以上に急速に普及しつつあるそうです。
(内観を考案された吉本伊信氏。実業家として成功された後、内観の普及に生涯を捧げられたそうです)
(吉本伊信氏による書)
私は7日間の集中内観のコースを大阪内観研修所で受けました。
これまで内省とリーダーシップの関係などについて理論研究や実証研究を重ねてきましたが、具体的に内省を深めていく方法論についてはよくわからない部分がありましたし、自分自身の内省についてはまだまだとても浅いレベルにあることを感じています。自分を見つめ、変わりたいと思っても、そう簡単には変われないという経験は誰もがお持ちかもしれません。内省は、知覚の選択化、認知的な拘束、認知不協和、自己中心性などの影響のために決して簡単にできるものではないのです。
内観研修は、内観する本人の主体性を重視し、上記の3点について面接者の方と共に外界との接触も断ってひたすら深めていくプロセスです。面接者の方が敬意と配慮を持って7日間の時間と場所を用意して下さるので、自分を見つめることに集中できます。私の場合、3日目くらいまでは何も出てこないように感じられ苦痛でしたが、4日目くらいになって昔の事が鮮明によみがえってきました。幼い頃に住んでいた家のソファについていた細かな傷など何気ないことまで映像として目の前に浮かんできて驚きました。
(面接者に内観を報告する時の様子。手前は面接をして下さった榛木美恵子先生)
(特に正座する必要はないので好きな姿勢で内観の図。撮影は榛木先生♪)
自分の普段の振り返り方だと、自分にとって気にくわなかったことや、してもらえなかったことなどがすぐに思い返されてしまうのですが、していただいたことを丹念に思い返していくと、それとは全く異なる地平が心の中に広がっていく感じがしました。文章で表現しても伝わりにくいかと思いますが「自分が今まで人からこんなにお世話になっていたのか、それなのに自分はほとんどそれらを忘れて不満ばかりを口にしたりいた」と後悔したり、「これまで自分はたいした人間だと思って偉そうにしていたが、ろくに人に貢献もせず、おかげさまのことばかりでここまで成長させて頂いたのに何をうぬぼれていたんだ」と気づかされたりしました。
また、良い思い出よりも悪い思い出の方が簡単に思い出せるものだなということも実感しました。幼い頃の思い出と言えば両親がよくケンカしていたなとか、理不尽なことをされたことがあったなとか、そういうことは簡単に思い出せたのですが、実は家族で過ごした楽しい思い出の方が沢山あったことや、両親をはじめ多くの方から沢山お世話をして頂いたという事実はあえて意識を向けなければ思い出しにくいものでした。
内観は、感謝の気持ちや、未熟な自分を率直にみつめる勇気をもたらしてくれたように思います。もちろんまだ自分の内観はとても浅いレベルではあるのですが、たとえ浅いにせよ内観を通じて実際にそのように感じられました。
自らを見つめることを通じて自分の世界がひろがり、温かみや色彩が増していく感覚、これはとても大切なものに出会ったのではないかと思っています。早速ですが、日本内観学会にも入会させて頂きました。榛木先生や大阪内観研修所の皆さんに心から感謝です。そして7日間の時間を与えてくれた家族にも。