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内省とリーダーシップ「リーダーとならねばならぬ人へ」

拙著「内省とリーダーシップ」が5月5日に白桃書房さんから発売されることになりました.

 

私の恩師である慶応義塾大学の高木晴夫先生から推薦文として「本書はリーダーとならねばならぬ人に贈る。そもそも人は経験も自信も十分でなくリーダーになる。では、どうすれば有効なリーダーとなるか。答えは『内省』である。自己を深く見つめる厳しい機会に人は内省し、根本的な解決策を創造し対話する人となる。リーダーたる所以である。」という文章を頂きました.本当に感謝で一杯です.

 

本書は,私自身がこれまでに行ってきた理論と実証研究をまとめたものですが,そこには書ききれなかったことを少々補足しておきたいと思います.本書で指摘している通り,リーダーシップに関する研究は,これまで人を動かすということに主眼が置かれてきました.しかし,私自身は,人が動くことはあくまでも結果に過ぎないと考えております.主体性を持った人間であれば,外から動かされることに抵抗するのが自然です.私自身は,相手と自分を「動かす側」と「動く側」として分離し,無理な力を相手に加えようとして自分自身がバランスを崩した経験がありますが,こういう経験は私以外の多くの方にとっても心当たりのあることかもしれません.相手を動かそうとして,そのことがいつの間にか目的化してしまうとこうしたアンバランスな状態が生じます.

 

内省を重視したリーダーシップは,これとは対照的に自分というものを大きく捉えます.そして,自分も相手もさらには世界も1つに捉え,自他非分離となりながら,内省と対話によって自然に生まれてくる「流れ」ともいうべき生成的な変化を促進するリーダーシップです.このようなリーダーシップは,自分と相手を「動かす側」と「動く側」として分離する視点をとらないため,相手を自分の手足や道具として捉える観点もそもそも持つ必要がありません.相手に対しては,敬意を持って接し,共に理想を探求し,共に目的を具現化する仲間として働くだけです.

 

再び私の経験なのですが,他人を動かそうと意識を他人に向けすぎると,視野が狭くなり,かえって全体が見えなくなってしまったということがありました.自分が見えなくなると,自分以外の人ばかりが問題に思えたり,自分以外の人が変わらなければならないと思いはじめます.そうすると狭い視野の中で他責的になり,頭だけでなく体にも力が入って柔軟性を欠いた状態になってしまいます.

 

他人の問題を追究するのではなく,他人の中に素晴らしい価値を認め,強みを引き出し,深いレベルから問題そのものを無くし,自然な流れとして理想に向かおうとするエネルギーが生まれてくるのが内省を重視したリーダーシップの真骨頂だと言えます.もちろん,これは問題を楽観したり無視することとは全く違います.自分と相手を1つに捉えようとする時,短絡的な犯人探しとは異なる見え方で問題が見えてくるのであり,むしろ問題に対しては深い探求が生まれます.

 

内省とリーダーシップに関してはいくらでも補足が長くなってしまいそうなので,今日はこの辺にしておきます.ご関心のある方は是非「内省とリーダーシップ」をお手に取ってみてください.感想もコチラからお待ちしております.

しなやかに生きるための内省のススメ

人材教育の11月号が発売になりました。

11月号には、野村総研の永井恒男さんとの共著で これまで6回にわたって連載してきた「内省型リーダーシップ」の 最終回が掲載されています。

 

編集部の方から、読者アンケートの結果、これまでの連載が大変ご好評を頂いていることを教えて頂き、永井さんとコラボレーション出来たことに対して改めて深い感慨を覚えました。私自身が大学院に籍を置いて、内省という深遠なテーマを研究テーマに選んだ頃、ほとんど先行研究もなく光が見えにくい手探り状態が長かったのですが、永井さんには何度も勇気をもらってきました。そんな永井さんと二人で「内省」についての議論をはじめて既に3年以上になるでしょうか。少しずつこれまでの努力が形になりはじめていることを感じます。

 

11月号の最終回はそんな永井さんとの対談。テーマは 「しなやかに生きるための内省のススメ」です。お読みになられた ら是非ご感想などお聞かせください☆

二刀流マネジメント

今月10日に発売となったリクルートのWorksの特集テーマは「対話=ダイアログで紡ぐ 人と組織の未来

特集の中で私のインタビュー「ピラミッドにネットワークの良さをいかに取り込むかが企業の課題(p.19〜21)」も掲載されています。

 

このインタビューの中でお伝えしたかったメッセージの1つは、『マネージャーやリーダーには二刀流が求められる』ということでした。1つは、官僚型マネジメントシステムを具現化したピラミッド型の組織構造を動かす方法。もう1つは、自律的な人間同士が様々な情報や想いを共有する場としてのネットワーク型の組織構造を動かす方法です。

 

人には得意不得意があるでしょうが、マネージャーやリーダーはこの二刀流のどちらも使いこなしていかなければなりません。前者のピラミッド型を動かす方法には、計画、公式の役割分担と権限付与、支持命令、報連想(報告・連絡・相談)、評価、金銭的報酬、各種規則の設定など様々なものがあります。こちらの方法は、どちらかというと左脳的なので二刀流の「左の刀」と呼ぶことにしておきましょう。

 

一方、後者のネットワーク型を動かす方法としては、ヴィジョンの共有や文化のマネジメントが必要で、そのためには対話と内省が重要です。こちらの方法は、どちらかというと右脳的ですから「右の刀」と呼ぶことにしましょう。

 

左の刀は、集団が目標を安定的かつ効率的に具現していく上での必要条件と言えます。左の刀が得意な人は、この刀を用いて多くの問題を回避できることを熟知していらっしゃいます。ただし、この左の刀ばかりを用いていると、この刀によって動かされる人々は単に役割をこなす代替可能な道具としかみなされなくなり、人々の心には不満や怒りが募って、やがて想いの部分ではついていけなくなっていくことがあります。

 

右の刀は、集団が団結し、可能性を追求し、新しいものを創造していく上での必要条件と言えます。右の刀が得意な人は、場の空気や職場の人間関係が人々の想いやモチベーションに与える影響を熟知し、対話を深めながら人間関係や情報ネットワークの質を向上させ、人々から新たなアイデアの発見や挑戦へのモチベーションを引き出します。ただし、この右の刀は、すぐには効果が現れにくく、しかも人間関係のメンテナンスには多くの時間と労力を割かねばならず、必ずしも効率的とは理解されません。また、右の刀は、コミュニケーション能力の低い人や怒りなどの感情をコントロールすることが苦手な人にも扱うことが難しい面があります。

 

組織を活性化していく上で、どちらの刀がより重要かという議論はあまり意味がありません。どちらの刀も必要で重要なのです。二刀流を使いこなすには、様々な工夫があります。マネージャー自身、自分にとって不得意な刀があれば、その使い方を訓練するということも1つの工夫ですし、役割として右の刀と左の刀を別の人で分担することも工夫です。多くの企業では、左の刀についてはかなり精緻に仕組み化されていることが多いのですが、右の刀については仕組みがまだまだ整っていないケースが多いように見受けられます。そこで、右の刀についても仕組み化しておくことも大切な工夫の1つになります。例えば、始業時にメンバーがそれぞれに今抱えている状況を想いと共に一人1分ずつ話すことにするといったことを仕組み化するなどです。

 

二刀流の訓練方法や仕組み化については、かなり知見がたまりつつあるので、これはまた別の機会にお伝え出来ればと想います。

御礼ー修羅場の後継学

今年の4月号をもって2年1ヶ月の期間、連載を続けてきた日経トップリーダーの「修羅場の後継学」を終了いたしました。

この連載では毎回、中小企業の経営者の方々に、我々が修羅場経験と呼んでいる非常に厳しいご経験を語って頂き、それを記事にまとめるという作業を通じて多くの経営者の方々にお世話になりました。

毎回、修羅場経験のストーリーの中から、困難にも意味を見いだすポジティブさや、困難を乗り越えていくヒントを頂くことが出来ました。

改めて取材にご協力いただいた経営者の皆様、読者の皆様、日経BP編集スタッフの皆様に心より御礼申し上げます。

八木陽一郎

今求められる場とはー組織に新しい関係を生む 良い場づくりとは?ー人材教育5月号

人材教育5月号にボブ・スティルガーさん(ベルカナ・インスティテュート共同代表)との対談記事「今求められる場とはー組織に新しい関係を生む 良い場づくりとは?ー」が掲載されました。

ご関心のある方は是非ご一読いただければ幸いです。

内省型リーダーシップー優れたリーダーは内省をしているー人材教育5月号

人材教育5月号より内省型リーダーシップの連載を開始しました。これは永井恒男さん(野村総研)との共同作業です。

第一回目のテーマは「優れたリーダーは内省をしている」です。

内省を通じて自らのリーダーシップを高めることにご関心をお持ちの方にご一読をいただければ幸いです。

論文「方法論的立場としての直線的因果律と循環的因果律の対比と対話」

以前、こちらのHPでもご紹介させて頂いた拙論が香川大学のHP上で読めるようになっていたのでアドレスを示しておきます。

論題:方法論的立場としての直線的因果律と循環的因果律の対比と対話

キーワード:経営学方法論,直線的因果律,循環的因果律,複雑系,内省

http://www.lib.kagawa-u.ac.jp/metadb/up/AN00038281/AN00038281_82_4_247.pdf

論題やキーワードにご興味を持って頂いた方には是非ご一読いただけるとうれしいです。

ご感想やご質問はこちらからどうぞ。

論文「内省経験の差がもたらす修羅場におけるリーダーシップの違い」

しばらくブログのアップをお休みしておりました。やはり手軽なツィッターに重心が移行しつつあるというのもありますが、ここしばらくは原稿の執筆に集中しようと思い、随分と時間配分を変えております。少し先になりますが秋頃から徐々にブログも復活させていきたいと思います。

さて、久しぶりのブログのエントリーは、八木の新しい論文がファミリービジネス学会から出版されましたのでそのお知らせです。タイトルは「内省経験の差がもたらす修羅場におけるリーダーシップの違い:ファミリービジネス後継経営者の事例研究を通じて」、同英文タイトルは “The effect of differences in levels of self-reflection experiences on differences in leadership style through hardships: From family business successors’ case studies” です。

論文要旨(日・英)を以下に転載しておきます。

論文要旨

本稿の目的は,ファミリービジネスの後継経営者がリーダーとして成長するために,どのように内省経験を深めることが出来るのかについて事例を通じて考察し,含意を述べることである.本稿で取り上げた事例は,修羅場と呼ばれる極めて困難な経験に対する後継経営者のリーダーとしての対応である.このような経験をどのように受け止め,対応するかについて,特に内省経験が多い人と少ない人で比較し,どのような点において違いがあるのかを考察し,実務家,特にファミリービジネスの後継経営者の方々に対する役立ちを意図した含意を抽出した.事例から示唆された内省経験を深め,リーダーシップを高めるための含意は次の4点である.(1)判断を保留する (2)自分に見えていないことがないかを探求する (3) 他者の想いや背景を深く受け止める (4) 自分自身がどうありたいのかを問い直す.

キーワード:内省経験,後継経営者,リーダーシップ,修羅場,メタ認知

“The effect of differences in levels of self-reflection experiences on differences in leadership style through hardships: From family business successors’ case studies” Journal of the Japan Academy of Family Business, 2010.

Yoichiro YAGI, Kagawa University Business School

Abstract

This study looks at some cases where family business successors spent time in self-reflection and discusses the implications of how these experiences can help successors grow as leaders. Cases of family business successors at the helm of their company while experiencing extreme hardship are used. The author examine how did the successors manage to take control of these situations, and more specifically, what points were different between successors with many self-reflection experiences and successors with few experiences. The author then educes what was useful from these experiences for business people in general, especially family business successors. After consideration, 4 points were implied to significantly impact the growth of leaders. 1) Defer judgment, 2) Look for something you missed, 3) Accept other peoples’ ideas and background, and 4) Ask yourself what you want to be and your goals are.

組織変革の難しさ

私が以前からずっと知りたいと思って探求していることの一つは,人間が形成するシステム(集団,企業組織,地域社会等)をよりよい方向へと変革することが出来る理論と方法でした.ここ数年間の研究や,多くの方々との出会い,実験と実践を通じて少しずつ様々なことがわかってきましたが,今でもまだまだわからない点は多々あります.そもそも人間の形成するシステムは,循環的な因果律になっており,その挙動は極めて複雑であるため予想や制御の出来ない深遠なものです.

明らかであるのは,人間がシステムに何らかの認識や視点を持ち込み,場を形成し,人々と対話し,何かが生成されるプロセスを促進したり運営したりすることは出来るということです.

人間や人間同士の相互作用によって生み出されやすいパターン,構造に関する知識は大変有用ですが,それらの知識が機械操作のボタンのように活用できるわけではありません.変革を生成しようとする人間自身も,変革対象となるシステムの一部に組み込まれざるをえないため,そこには自己言及の問題(cf.エピメニデスのパラドクス)が及ばざるを得ません.つまり,正しい知識が何であるのか,何を変えるべきであるのかが確定しない混沌からスタートせざるをえません.

このパラドクスや混沌は,常に何かを生み出す初期状態として存在し,そこを抜けて創造的な方向に向かえるかどうかは,人間が自分自身をも含めたシステムをどこまでメタ認知できるかという高度な抽象化能力が大きく関係してきます.この能力は単純に知識量によってカバーされる問題ではなく,実際にメタ認知することができるかどうかの問題になります.私が,人間システムへの認知能力を高めるために内省経験が不可欠であると考える理由の一つは,この点です.

私はこれまで経営者3,500名以上のデータを集め,優れたリーダーの多くは内省経験が多く,メタ認知能力に長けていることを実証してきました.その結論から含意されることの一つは,結局,人間は,特に人間システムに対しては経験的なリアリティを持てるレベルまでしか認知することが難しいようだということです.見えているものだけにリアリティを感じ,見えていないものがあること自体には気づかない,だから見えないものを見ようとしないという循環は強く働くのが通常ですから,内省をすることは極めて大きな冒険になります.

先に,「明らかであるのは,人間がシステムに何らかの認識や視点を持ち込み,場を形成し,人々と対話し,何かが生成されるプロセスを促進したり運営したりすることは出来るということです」と書きました.確かに理論的には出来るのですが,これは直線的にA地点からB地点に行くというイメージではなく,もっと山あり谷ありの冒険をするようなイメージが近いでしょう.人々が共に内省し,対話によって互いを写し合いながら創造するプロセスが,冒険的にならないはずがありません.多くの場合,怒りや反発,対立とも無縁ではないプロセスです.このプロセスに関わる人間には,どこまで自分自身をも含めた人間システムを見つめ,自分自身をシステムの中で開くことが出来るのかが問われ,求められると思います.つまり,現時点における私自身の結論としては,内省と対話が組織変革の鍵を握るのだと考えています.

私は研究者でもありますが,そのようなプロセスを多くの方々と共に歩み,生み出す実践家でもありたいと思っています.

直線的因果律と循環的因果律の対比と対話

以前から,直線的因果律と循環的因果律の間に横たわっていた断絶について一度正面から考えてみたいと思っていました.今回,自分なりに論点を整理し,香川大学経済論叢に「方法論的立場としての直線的因果律と循環的因果律の対比と対話」として寄稿いたしました.

以下,一部抜粋です.

そもそも因果律(the universality of causation)とは哲学の用語である.岩波哲学・思想事典における「因果律」の項目には,すべての出来事には原因があるという因果律の考え方は,実際の現象における規則性の厳格な記述とは別に我々が通常受け入れている一般的な通念であり,人間生活の前提であるが,このこと自体を論証することは至難であると記されている.ここで重要な点は,我々人間は誰しもそれが真実かどうかは別として何らかの因果律を自覚的あるいは無自覚的に受け入れて自らの活動の前提としているという点と,それは研究者による研究活動に関しても同様だという点である.

抜粋,終わり.

私たちは認識対象に何らかの因果モデルをあてはめて見ようとします.そのモデルの妥当性に対して普段どれくらい自覚的であるか,自省の眼差しを向けているかというと,それは私自身を振り返っても心許ない部分が多くあります.気がつけばいつの間にか受け入れられている因果律であっても,人によっては受け入れている因果律に違いがある場合があり,しかもそのことで対話不可能状態が生み出されていることもあります.

こうした問題意識は,最近,慶応大学の高木晴夫先生と中小企業基盤整備機構の笠原一絵さんと共著で書いた論文「新たな組織論:要素還元型と生命型の併存」とも共通する部分があります.

今回の論文では,直線的因果律と循環的因果律を内容的に整理し,先行研究に見られる対話の齟齬を紐解き,異なる因果律が社会現象の理解,運営,生成にどのように補完し合えるのかを議論しています.ご関心のある方は是非ご一読頂き,ご感想等頂ければ幸いです.

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