組織変革の難しさ
2010.04.20
私が以前からずっと知りたいと思って探求していることの一つは,人間が形成するシステム(集団,企業組織,地域社会等)をよりよい方向へと変革することが出来る理論と方法でした.ここ数年間の研究や,多くの方々との出会い,実験と実践を通じて少しずつ様々なことがわかってきましたが,今でもまだまだわからない点は多々あります.そもそも人間の形成するシステムは,循環的な因果律になっており,その挙動は極めて複雑であるため予想や制御の出来ない深遠なものです.
明らかであるのは,人間がシステムに何らかの認識や視点を持ち込み,場を形成し,人々と対話し,何かが生成されるプロセスを促進したり運営したりすることは出来るということです.
人間や人間同士の相互作用によって生み出されやすいパターン,構造に関する知識は大変有用ですが,それらの知識が機械操作のボタンのように活用できるわけではありません.変革を生成しようとする人間自身も,変革対象となるシステムの一部に組み込まれざるをえないため,そこには自己言及の問題(cf.エピメニデスのパラドクス)が及ばざるを得ません.つまり,正しい知識が何であるのか,何を変えるべきであるのかが確定しない混沌からスタートせざるをえません.
このパラドクスや混沌は,常に何かを生み出す初期状態として存在し,そこを抜けて創造的な方向に向かえるかどうかは,人間が自分自身をも含めたシステムをどこまでメタ認知できるかという高度な抽象化能力が大きく関係してきます.この能力は単純に知識量によってカバーされる問題ではなく,実際にメタ認知することができるかどうかの問題になります.私が,人間システムへの認知能力を高めるために内省経験が不可欠であると考える理由の一つは,この点です.
私はこれまで経営者3,500名以上のデータを集め,優れたリーダーの多くは内省経験が多く,メタ認知能力に長けていることを実証してきました.その結論から含意されることの一つは,結局,人間は,特に人間システムに対しては経験的なリアリティを持てるレベルまでしか認知することが難しいようだということです.見えているものだけにリアリティを感じ,見えていないものがあること自体には気づかない,だから見えないものを見ようとしないという循環は強く働くのが通常ですから,内省をすることは極めて大きな冒険になります.
先に,「明らかであるのは,人間がシステムに何らかの認識や視点を持ち込み,場を形成し,人々と対話し,何かが生成されるプロセスを促進したり運営したりすることは出来るということです」と書きました.確かに理論的には出来るのですが,これは直線的にA地点からB地点に行くというイメージではなく,もっと山あり谷ありの冒険をするようなイメージが近いでしょう.人々が共に内省し,対話によって互いを写し合いながら創造するプロセスが,冒険的にならないはずがありません.多くの場合,怒りや反発,対立とも無縁ではないプロセスです.このプロセスに関わる人間には,どこまで自分自身をも含めた人間システムを見つめ,自分自身をシステムの中で開くことが出来るのかが問われ,求められると思います.つまり,現時点における私自身の結論としては,内省と対話が組織変革の鍵を握るのだと考えています.
私は研究者でもありますが,そのようなプロセスを多くの方々と共に歩み,生み出す実践家でもありたいと思っています.